がんばりすぎず、ふわふわ、るんるん、で生きていく

最低限の収入でもふわふわるんるんで暮らしたい、と思っている特に取り柄もない独身♀アラフィフ在宅ワーカーの日々徒然

お墓だろうが散骨だろうが、要は気持ちの問題だと思う今日この頃

うちの母は散骨(海)でした。

 

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散骨を決めるまで

 母は生前よく「死んだら海にまいてくれていい」と言ってました。そして、それは、余命がわかった後も、通帳の暗証番号はこれでしょ、お母さん死んだら連絡するとこはここでしょ、葬儀屋はここでしょ、という話の流れで、再度、骨は海にまいてくれればいいから、と。

 なので、私は最初からそのつもりでした。そもそも、うちは子供一人で、私がいなくなった後、お墓を管理する人がいなくなって、そんなに遠くない将来無縁仏になるのは確実です。

 ただ、父は、何となくお墓にこだわってました。お墓じゃなくても、散骨ではなく、納骨堂、とか、そういうところに納めたい空気を出してました。でも、いずれ無縁仏になる、ということもわかっていて、だったら、年会費(?)式の市の納骨堂でいいんじゃないか、と言いました。

 

 市の納骨堂というのは、年に4000円くらい払って、共同の納骨堂でお骨を管理してもらう形です。お金を払わなければ、そのまま無縁仏として処理されます。

 

 とりあえず、その案に、私が頷いたのは、市営の墓地も納骨堂も、空がないんです。常識的にすぐには入れないんです。申し込んだ時に、職員さんは「そうですねぇ、2~3年は見てください」と言いました。

 

 そうです、2~3年です。その間に、説得しよう。いや、父の気持ちも変わるかも?

 

 そんなこんなで、家に遺骨をおいたまま、1年すぎ、2年すぎ、「まだ空かないなあ」なんて父が言うたびに「空かないねえ。どうする? このまま待つ? それともお母さんが言ってた散骨っていう手もあるよ」と言ってみました。

 

 すると、3年経つ頃。「そうだなあ、もう少し待って来なかったら、散骨にするか」と父が言い出しました。

 

 よし、きた、と、それまで調べていた散骨できる業者さんの資料を見せました。

 

 「ふうん、いいんじゃない? インチキじゃなければ」

 「じゃ、ひとまず、この詳細を聞きにこの住所まで行ってみる?」

 「そうだなあ、ちゃんとあるかどうかな」

 

 ということで、2013年の夏だったと思いますが、行くことにしました。

 

 

yasurakaan.net

 

 当時は、NPO法人ではありませんでしたが、代表の清野さんがご住職ということもあり、いろんな話を聞いてるうちに、ここで大丈夫だと思い、ここに母の散骨を頼むことにしました。

 

散骨当日まで

 散骨の日は少し涼しくなってから、ということで、10月にしました。全部お任せすることも考えましたが、初めてのことだったのでいい経験だと船に乗って自分たちの手で散骨しようか、という話になりました。粉骨は希望すれば自分たちも参加出来たのですが、やすらか庵まで行かなければいけなかったので、お任せすることにしました。

 遺骨は家まで取りに来ていただけ、白木位牌等も処分していただけました。おまけで何かグッズをいただける、ということで、父は遺骨入りお守りを選択してましたね。

 

土砂降りの散骨日

 当日は、身ひとつで、船乗り場に行き、そこで清野さんたちと落ちあい、船に乗る、という予定だったのですが、当日の朝、空が曇天。

 思えば、朝、やすらか庵からのお天気が悪いけど延期しますか、という確認の電話があったので、延期すればよかったのですが、朝の時点ではまだ小雨だったし、父も決心したからには、少しの雨くらいで延期するのも……と思い強行突破(笑)。

 結局、土砂振りの中での散骨となり、いや、今思えば、本当に、延期するべきでした。だって、海に出るんですからね、船で。何でか、あの時、私たち親子は「今日やらなきゃ」という使命感に燃えていたんですよね。

 

 でも思い出せば、そんな家族なんです。特に母。台風さなか、銚子まで美味しいご飯食べに行ったり、海水浴行ったり。一度決めたことは、変更しないのが母でした。

 

 ゆえに、本当だったら、散骨している写真とか撮っていただけるのですが、土砂振りのため、散骨も慌ただしく。びしょびしょになりながら、行い……船を下りた後は寒くて寒くて、特に入りたくもなかった、植物園に入って暖を取ることに(笑)。

 

 

 これに関してはやすらか庵さんにもご迷惑おかけしました。最近の情報で、たとえば、大雪とか台風とか天候が悪い時、ホテルや旅館から「天気が悪いので、ご予約延期も承っておりますが」という連絡が来た時は、「天気が悪いので、対応が難しくなるので、今日は来ないで」という意味だと知りました。

 散骨なんて、海だし、船だし、スタッフさんもびしょびしょでしたし、本当に、すみませんでしたー。

 

散骨を終えて

 私はお墓というものに囚われずに、いつでも母がその辺にいるような気がして、すっきりとした気分で、自分の友だちには「散骨にしたんだよ」と話していましたが、父はなかなかそれを言えないでいるようでした。

 「お墓どこ?」と聞かれると「遠いところ」とか、「まだない」とか、答えてましたね。父世代はなかなか難しいのかもしれませんね。

 

 まあでも父も、母の散骨して以降、自分も散骨される気満々でした(笑)。

 うん、散骨証明書にある、お母さんの散骨した辺りで散骨してもらうようにするからね。

 なーんて、答えてました。

 

 私が散骨してよかったな、と思うのは、お盆だからお墓参りしなきゃ、とかそういうのがないことでしょうか。散骨された人は自由に飛び回っているので、どこでも手を合わせれば、もしくは、思い出した時に、そこに来てるんじゃないか、って思ってます。

 

 ちなみに、父の時もですが、母の時も仏教式の葬儀ではなく、うちには位牌も仏壇もありません。母が使っていて鏡台の鏡を取り外して、その上に写真と線香だけ置いてます。あ、父が希望して貰った、母の遺骨入りのお守りは今ここに。100均のこたつの足の下に入れる小さな座布団の上に置いてあります。父を散骨した時にはこのお守り、父の分も作って貰って、並べてあげようかな、と思ってます。

 

 すごく前、テレビで「お墓参りは大事だ」と一方的に言い張る女子アナがいて、私は、それ以降、その女子アナの出てるテレビを見るのを辞めたのですが、私は、気持ちだと思っています。いつでもどこでも思えば、お墓があってもなくても関係ないんじゃないかな、って。

 

 母の遺骨はうちに3年半置いた後に散骨したので、父の遺骨もそのくらいにまたやすらか庵さんにお願いして散骨しようと思っています。

 

 そうそう料金。海での散骨、2人乗船(確かに3人まで乗れました。とスタッフさん2人)で、遺骨引き取り、白木位牌等の処分、粉骨含めて、10万円弱でした。