がんばりすぎず、ふわふわ、るんるん、で生きていく

最低限の収入でもふわふわるんるんで暮らしたい、と思っている特に取り柄もない独身♀アラフィフ在宅ワーカーの日々徒然

『一昔前は冷蔵庫も冷房もなかったけど便利になりすぎるともうなかなか我慢が出来ない』とか言ってるのは、またこのMCか、と思った今朝の話

 台風15号、うちは、千葉県内でも、雨漏りと、物置が倒れたのと、沈丁花が折れた……くらいの被害ですみましたが、今回ばかりは屋根がどうにかなるのではないかというくらいの風で、とても怖かった。

 

 今朝、停電地域の取材をやっている番組を通りすがりに見たら、この、タイトルのようなことを番組MCが言っていて、すぐにチャンネルを変えました。

 

 さすがに、我慢が足りない、とか、言ってるわけではないのでしょう。今は冷蔵庫も冷房もない生活は大変でしょう、という意味だとは思うのですが、私が気になったのは、一昔前の冷蔵庫も冷房もなかった時代は、こんなに暑くはなかったはずなのです。

 

 うちは、両親が新しもの好きだったのか、父はテレビもかなり早いうちに買ったようですし(よく父のアパートにテレビ見たさに人が集まっていたそうです)、クーラー(エアコン)も私が生まれた頃(約50年前)買ったと言ってました。

 

 さすがに、今みたいに各部屋ではなく、居間にのみ、です。寝る時はクーラーなんて使ってませんでしたし、そもそも、朝晩はクーラーなんてつけなくても十分涼しかった気がします。学校はそこそこ暑かったですけど。あ、これ、東京で一番暑いと言われている練馬での話です。

 

 でもそれで何とも思わなかったのは、気温自体が低かった、からです。

 

 今みたいに、しかも台風一過で気温が上昇してる時に、我慢の話をされるのは、たとえ意図がどうであれ、無神経だなあ、と思いました。

 

 その番組の取材VTRを見ていて、ちょっと考えてみました。この暑さで、エアコンも扇風機も使えない無風の中、お風呂もわかせず、水も出ず、冷たい飲み物も飲めず、うちみたいに車のない場合、どうしたらいいのだろう? と。

 

 恐ろしい。本当に恐ろしい。

 

 スマホが繋がらなくても、テレビが見られなくても(ラジオあるし)、電気がつかなくても、別に構わないけれど、暑さは……我慢しかねる。

 

 車がなく涼む場所がない家庭に、せめて凍ったペットボトルを大量に差し入れてあげて欲しい。置いて涼しい、触って冷たい、飲んで冷やされ、懐中電灯置いてランタンにもなり、一石四鳥です。そして。

 

 私、決めました。来年の夏までに、冷凍庫単体で買います。そこにペットボトル入れておくよ。

 

 

 ちなみに、雨漏り。翌日、去年ベランダを直してもらった業者さんに電話しました。台風の後でかなり見積もりが混み混みだそうで、見積もりを取る調査まではまだ時間がかかる模様。

 

 これ……、風災だよねぇ? 保険、使えるよねぇ? と思ったんですけど、うち県民共済なんで、10万以上の修理代じゃないと、だめなんですよねぇ。しかも、罹災証明書が必要だと、見積もり取って、保険申請の見積書も作って貰って、罹災証明書市役所行って取って……って、結構時間がかかるじゃないですか。

 

 前回、ベランダの時は、崩れるかどうか、という急を要するものだったので、県民共済から確認の連絡が来た時には、もう工事が終わってて、結局、辞退したんですよねぇ。

 

 出来たら、消費税上がる前に、なんて思うのですが、でも数千円? 数万円のために急ぐよりは、今回は見舞金(県民共済の場合)が下りてから、工事してもらう、ってのもアリかなあ。

 

 そもそも写真で申請ってのが、分かりにくいんですよね。屋根が飛んだとか、壁の一部が落ちたとかみたいなわかりやすい被害じゃないと。

 ベランダの時も、『写真じゃよくわからないんですが、まだ工事してないですよね?』と言われました。結局、工事終わってましたし、修理済の箇所を見に来るとは言ってくれたんですが、そのまま辞退しました。

 外壁の一部が崩れた写真を送ってもそう言われましたもん。

 

 罹災証明書を取るにも写真が必要なんですよねぇ。結局、業者さんに見てもらって写真撮ってもらうまでは、動けません。

 

 とりあえず、業者さんに相談してみます。

 

 

 あ、倒れた物置は、裏の家との境界線にある、フェンスの上に乗っかかるように倒れ、しかも、中身が空の灯油缶しか入ってなかったので、自分で起こせました。

 沈丁花は、ただでさえ瀕死だったので、もうダメかなあ。とりあえず、折れたところは、処分しました。

 

 でも、こういう時、一人というのは、なかなかに心細いなあ、と思いました。まあ、こんなことがなければ、一人の方が快適で忘れてしまうんですけど笑。

 

 

 

 あれは1979年の夏だったと思います。すごい台風が来て、学校が2時間目までになったことがあります。『危ないから傘はささずに帰りなさい』と先生に言われて、帰ったんですが、帰る頃にはもう雨もそんなに降ってなくて、何だか楽しくなって、昼間は遊んでしまったんですよね。学校が2時間目で終わるってことは、その分宿題が出てたってことなんですけど、夜になって宿題しようと思ったら、停電してることに気づきまして、請求書を書く父親と一緒に懐中電灯の灯りで宿題したことを憶えてます。

 

 早く電気が復旧するように、東電は頑張ってくれ。そして、太陽は、夏の高気圧は、もうそんなに頑張らなくていいので、早く秋にバトンタッチしてください。せめて、夜だけは涼しく休めますように。