がんばりすぎず、ふわふわ、るんるん、で生きていく

最低限の収入でもふわふわるんるんで暮らしたい、と思っている特に取り柄もない独身♀アラフィフ在宅ワーカーの日々徒然

嬉しいこと面白いこと癒されること…なんかの積み重ねで今を生きてる

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 昨日、悲しい訃報があって、ずっと考えていました。

 自死と言われているけれど、たぶん、今調査してるのだと思うけれど、真相は本人にしかわかりません。

 私は事故、と思いたいです。

 その理由を自分の経験を踏まえて。

 

私も書いていた

 私は【いつ死んでも後悔はない】と思っているけれど、死にたいと思ったことも何度もあります。

 『遺書めいたことが書いてあった』と報道されてますけど、私も何度も書いたことあります、遺書。

 こと詳細に死ぬ理由とか書いてました。『死にたい』『死にます』と、書くことで、気持ちがラクになったからです。

 だから、遺書があるから、と言って、自死とは限らない。

 

試したこと

 10代の頃、試してみたことがあります。本気で死ぬ気はなかったけれど、自分の手で自分の首をしめてみたり、床に座った状態で、首にひもを巻き付けて少しだけ重心かけてみたり、死ぬってどのくらい苦しいのだろう? と。

 

 でもこういう行為って、万が一まかり間違うことだってある。私は運良くまかり間違わなかっただけです。

 

 別にこういうことを試さなくても、ヒモのようなものがひとつあれば、まかり間違うこともある。

 

 私、ちょっと前に、箏をクローゼットから出す時に、クローゼットの中でゴソゴソしてて、コケそうになりました。これだって、万が一、何かがまかり間違って、そばにかかってるマフラーとかに首がひっかかって……って可能性が0ではないと、思います。

 

 99%はないですよ、そんなこと。でも、ないとは言い切れない。……くないですか?

 

 なんてね……私がそう思いたいだけ、です。

 でも、4日前まで自分のドラマの宣伝を笑顔でSNSにUPしていたところを見ると、本当に、信じられないのです。

 

生きてれば…の論理には……

 『何で? 生きてればもっと楽しいことあるのに。これからなのに。そんなに嫌なら逃げればよかったのに』

 と、人は言います。

 でも、逃げられない人もいるんですよね。私も学生時代は逃げられませんでした。母親に逆らうことが全くできなくて。だから、自分を守る手段として、遺書書いたり、別の世界に浸ったり、してました。

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 あと、私は、死んでませんけど、『生きてればもっと楽しいことあるのに』という点でも、同感は出来ません。生きてれば楽しいこと、とか、ちょっと無責任な一言かな、と思います。

 楽しいと感じるかは、結局自分自身ですから。

 

 

 私は、今、生きていて……楽しいことは……うーんあんまりないかな。でも、嬉しいことは、ちょこちょこあります。面白いこともちょこちょこ。癒されるなあ~と感じることもちょこちょこ。

 日々のその積み重ねで今、生きてます。

 私は、積極的に生きたい、とは思ってませんけど、死のうとも思ってないです。

 自分が授かった寿命を全うするまでは、何とかできるだけ嫌なことを避けながら😅のらーりくらーり生きようと思ってます。

 あ、何度も書いてますけど、猫を見送るまではその運命をねじ曲げてでも、生きるんですけどね。そこは、何が何でも。

 

 

 今から『君に届け』実写版、見たいと思います。これ実写を見てから、アニメを見て、原作まで買ってしまった作品です。

 

 

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