難しいですよね。人の感じ方も考え方も千差万別。
しかもプライベートな関係ならば、切ればいいけれど(オイ😅)、職場はそうは行かないじゃないですか。
人を変えるより自分を変える方が簡単の真意とは
まあ私も半世紀以上生きてきてるので、そう言う人の気持ちはわかりますよ。自分が我慢して考え方を変えてうまくいけばいい、というとても日本人的な考え方だと思います。
私も日本で生きる以上は、ある程度のことは仕方ないと思ってますけど、でもそう言ってる方たちはダメージは受けないんですかね?
私はつい最近、とってもダメージを受けました。寝ててうなされ、休みの日なのに、いつもと同じ時間にパチっと目が覚め…大概眠れば昨日の記憶なんて薄れるのだけど、その日はぜっんぜんすっきりしなくて、そこまでして自分を変えなきゃいけんのか? と。
まあ元々私が一般的な感性を持ち合わせてないのが原因でもあるのですが…、そんな私も、出稼ぎ先では最大限他人を不快にさせないためにいい人の猫をかぶり、持ってる全ての協調性を使い、何とか1日を乗り切るわけです笑。
自分が思ったことは人もそう思うだろうと思ってる人
その出稼ぎ先での出来事。
うちの出稼ぎ先は、その日の持ち場を午前と午後で変わるように毎回社員が決めます。今はスキマバイトさんたちも5~6人いるのですが、先日、そのスキマバイトさんのひとりが丸1日結構きつい配置に置かれて、それに対してパートの一部が「それは可哀想だ」と騒ぎだして、それを聞いた社員は『若いから大丈夫だよ』としか言わず…結局パートが独自に動いて、それに私が巻き込まれたわけです😅
そもそもスキマバイトってそういうものでしょう? と思うんですけどね。「でも1日はきついよ」「パートが順番で変わればいいんじゃない」と、お優しい人たちが言うわけですよ。でも「私が変わろうか?」と言う人はいないんです。そこの配置は仕事がキツイから。仕方なくひとりが「じゃあ私が変わればいいんじゃないの?」と言ったんですが、結局、その人の口から「パートが順番で入ればいいんじゃない?」って言葉が出て、近くにいた私もその順番に入るハメになった。
何で自分が思ったことは人もそうだと思うんでしょうね?
私がスキマバイトだとしたら。
そんないつ入れるかどうかもわからない仕事だったら、ずーっとたんたんに同じ作業を繰り返してその日を終えたい、と思うんですね笑。その方が慣れてきて作業スピードも上がりますし。
このパートの気遣いって一見優しそうに見えるけど、実際どうなんかな? とも思ってしまったりして。
可哀想だと思うなら、自分がやればいい。やりたくないんだったら言う資格はない。
と、思います。もちろん社員がスキマバイトさんたちに気遣いするならすればよろしい。でも社員がしないことにパートがあれやこれや言うのが、ほんと……何様なんだ、と思う毎日なのです。
本当に人を変えるよりも自分が変わった方が簡単なん?
まあそれが出来ないから、私は一匹で生きてるのですけど…きっと出来る人もいるのでしょうね。つーかそういう人の方が多いのでしょうね。
今思えば学校という場所がひとつも楽しくなかったのも関係ある? 集団にいることが全く楽しくなかったんですけど。学校が嫌いでもいい思い出のひとつやふたつあると思うんですけど、今考えたら…全くない。運動会とか学芸会とか文化祭とか全く楽しいと思ったことがない。
友達といる時で楽しい記憶もあるけれど、今その頃の友達と付き合ってるか、といったら全くない。
そもそも「友達がいないことはよくないことだ」と幼稚園からすり込まれたわけで、何度も何度も何度も「もっとお友達と一緒に遊びましょう」「もっとみんなの輪の中に積極的に入っていきましょう」と言われて…もはや洗脳ですよね。友達がいない自分はダメなんだと思い込ませられまして、だから頑張るんだけれども、相手を傷つけたり傷つけられたり、疲れてしまう。
結局、学生生活を終えた時には「ひとりってラクだなあ」と思う瞬間も多々。ただその洗脳の中で出来た友達ともしばらくは付き合ってましたし、今も年賀状のやり取りはあったりしますけど、会うってことはほぼない。
マジでひとりがラクなんです。
90年代は「ひとり=友達いなくて可哀想」という見方もされていたので、なかなかに厳しくて、慣れるのに20年近くかかりましたけど。
そうなってしまうともう……そもそもがダメなんですよね。もちろん猫はかぶります。仕事をする上で全く一人で仕事をするっていう能力が私にはないので、てっとり早く稼ぐのには工場が最適。
この【てっとり早く】が罠と言いましょうか。甘えにも繋がって、嫌だけどまだ耐えられる、いつでも辞める気だけどまだ何とかなるかも、で続けちゃうんですけどね。
今は、やっぱり『AIなんて人間味がないわよねぇ』なんて言ってられないかも? くらい工場勤務がめんどくさくなってきてます。
たぶん一人きりで生きられる方法はあるんです。
でもそれやっちゃうと天涯孤独者は、孤独死が心配なわけで…、いや別にさー、私が死んだ後のことなんてどうでもいい、とは思うんですよ笑、ぶっちゃけ。
今は冗談半分で、「死ぬかも…」って思ったら、とりあえず玄関の鍵を開けて倒れる、とか、ベランダで倒れるのもアリか? などと妄想してます。
まあ65歳になったら船橋市の「身寄りのない高齢者等サポート事業」をすぐさま利用しようと思ってますけどね。
一人で生きられる方法…あ、まあ収入に繋がるかどうかは今後の私次第ですが、収入面以外で「そもそも淋しくないの?」という質問に関しては
まったく淋しくないと思います。
今は猫がいるからでしょう? ←まあそれもあるかもしれませんけど、でも猫様をちゃんと見送った後は、ひとりでやりたいこともあるんですよねー。それこそ長期の旅行とか。
孤独がよくない? というおせっかい極まりない文言については、はっきりノーと言わせていただきます。
たまにドラマに出てくるいつも怒ってる一人暮らしの頑固なばあさん、みたいなのがあるけれど、いやあれわざわざ変な正義感で関わってくるからムカつくんじゃないの? と思ってしまいます笑。ほんとの優しさって「困った時はいつでも連絡してください」くらいでいいんですよ。無理矢理自分たちのテリトリーに入れようとする態度が嫌なんですよ(町会とか老人会とか)。…たぶんね笑。
収入を得るためには、なるべく自分を誤魔化して我慢するけど、それで病気になるくらいなら、私は自分を変えずに逃げることを選択したいです。
たぶん、これを世間は【わがまま】と言うんでしょうね。
いいよー、わがまま上等だぜ👍
おまけ
ツツジが見頃なんですけど、私が子供の頃はこの下の色のツツジしかなかった気がするんですよ。で、当時住んでいた家(母の叔父の家)にこれが咲いていて、よく花摘んで蜜吸ってたんですよねー。今の子供ってそんなことしないんだろうなー。まあそもそも公園だとしても今は摘んじゃダメですけどね、それが子供でも😅 